宿替え

投稿を読んでくださっている皆様、いつも有難うございます。

このごろは速いペースで環境が変化しますが、この住処もその例に漏れず不本意なことが起こる環境になりましたので、突然ですが宿替えすることにしました。

新しいサイトは

http://wildroselibrary.blogspot.jp/

です。引き続きご覧いただければ幸甚に存じます。

まちづくり市民会議 第三回

今回は教育がテーマでした。関心がある分野なので、ちょっと期待して傍聴。

いじめ問題について
学校間格差について
給食について
教師と親の関係性について
子供の体力づくりについて

以上の項目が事前に参加者からの希望により設定されていました。

前半は教育課から教育委員会の組織についての説明と、基本施策と主な取り組みについての説明。資料をいただきました。

基本施策と主な取り組みという大項目の下に、
学校教育の推進、家庭・地域の教育力の充実、生涯学習の推進などの項目、
更にその下位項目として
確かな学力、豊かな心、健やかな身体の育成、個に応じた教育の充実などなど
更にその下位項目には
確かな学力の育成、特別支援教育の推進、教職員の資質向上、高等学校教育の充実
一番下位には、
子供学習支援事業の充実、幼保・小学校との情報交換、構内LAN環境の充実、環境教育の推進、食育推進事業の活性化、などなどと続いています。

どの項目も、充実、推進、育成ばかりで、そのために具体的にどんな活動をしているのか、ということはひとつも書いてありませんでした。取り組みという表題を冠するからには具体的な内容が欲しかったというのが私の感想です。

説明の後、いじめ問題などの各項目について意見や質問が出されました。
いじめに対する親と学校の間での認識の違い、教師の質の向上についてなど、いじめ問題ではよく話題に登ることがここでも話題になりました。

興味を引いたのは、通う学校を選択できるようにしたらどうかという提案。そういえば、どうして決まっているのだろうと、ふと思いました。あまり当たり前のように捉えていたので、虚を突かれた感じです。

給食についての項目では、最近アレルギーの子供が増えている中で、アレルギー対策をした給食を提供できないか、という提案もありました。そんな提案が出るほど、問題になっているんだなと思ってこれにもびっくり。

予定では後半45分ほどがディスカッションに当てられるはずでしたが、今回も20分しか行われず、この点も残念でした。

この会議の目的はたしか、関市の問題を発掘して解決策を提言する、というものだったと思いますが、提言するところまでは至りませんでした。けれどもこうして、市民が自主的に集まって、問題意識を共有し、どうしたら良いか話し合うという機会を持つことが一番大事なことだと思います。こうした場で意見を述べることで意識が高まり、考えも深くなっていくからです。回を追うごとに話し合いも充実してくることと思います。

「相棒」を見る

「相棒」という番組が面白いと娘が以前に言ったので、最近ちょっと見てみました。それよりずっと前にほんの少しだけ見たときは少しも面白くなかったので興味を失っていたのですけど、娘が結構熱心に見ていたので、もういっぺん見てみようかと。

で、わかりました。

あの番組は、複数の脚本家が書いています。最近見ていたのは毎日書く人が違うので、面白かったりつまらなかったり、その差が激しい。
輿水何とかという人のは、実に面白く見ました。話の展開といい、膨らみといい、他の作家よりもずっと巧みです。

もう一人、古沢という人のをひとつ見ましたが、工夫をこらした努力がよく分かりました。ストーリーはかなり面白い。劇場型の話でした。ひょっとして、まだ若い、作家になりたての人ではないかしら?

古畑任三郎」は、何回見ても私は好きな番組ですが、これも当初は複数の脚本家が交代で書いていたらしい。三谷幸喜の時に視聴率が上がるので、だんだん三谷幸喜の作品が多くなっていった、という経緯があったようです。

その後三谷幸喜の作品を好んで見ていましたが、人気作家になってからの作品はだんだんつまらなくなりました。作家の作品は処女作が一番いい、と言われることにはやはり一理あります。

なんでも沢山見聞きしていると、それなりに見る目が養われますね。この際、冒頭に誰の作品か分かるようになったらいいのに、と思いました。

政治家を選ぶ

野田首相がとうとう解散を明らかにしました。

これで溜飲が下がったと思ったのは自民党と公明党だけではなく、多くの選挙民も同じように感じたのではないでしょうか。首相が近いうちにといってから、いつだ、いつだの連呼。政治家もメディアも、そしてそれにつられるように有権者も。

そして解散が宣言されました。

やれやれ!

が、こんなことでいいのかなと思います。

震災の復興はまだ緒についたばかりといっても過言ではなく、話題になっていた一票の格差も是正されないままに国会が解散して選挙が行われ、ひょっとして次は民主党以外の党が復興計画を見直すことになるかも知れません。まだ避難生活を送っている人は10万人を超えているというのに。

野党はこぞって民主党政権担当能力がないから、解散だ解散だと言ってきました。自民党は人気投票の数字が上昇するに従って声高になり、国会の発言でさえも、口から出る言葉といえば「いつですか」、「うそつき」などといった有様になりました。

民主党の政治は確かに、予算の見積もりの甘さや大臣の任命に大きな問題がありました。しかし一方ではリーマンショックや大震災など、不可抗力の事象もありました。半世紀ぶりの政権交代ではじめて政権の座につき、それまでに積み上がった財政の不均衡と歪み、官僚との癒着による政治の硬直性などなどに対処しなければならなかったことも、事実です。

そんな状況で、それまでの政治と比べれば特に大きな問題でもないようなことを取り上げて、解散だ、選挙だと大言豪語する政治家に疑問を抱かざるを得ません。また、話題性に飛びついてこればかりを報道するメディアにも同じことを感じます。ひいては私達有権者です。

「決められない政治」の原因となる衆参のねじれをもたらしたのも、解散に値しないようなことを論って解散に追い込むような政治家を選んだのも、やっぱり私達有権者でした。解散しなければ法案は通さないぞ、と迫った自民党を選んだのも、私達。

国会のレベルは国民のレベルに等しい、とある評論家が言っているのを想い出しました。よく考えて、投票したいと思います。

物言う人

11月3日、読書カフェというものに参加しました。ここでいうカフェというのは喫茶店のことではなく、話し合いのひとつの形式です。こういう形式を最近知って、参加者の意見を引き出すにはとても有効な方法だと思って、その方法を勉強するために参加しました。

参加者はネットの募集などを通じて集まった、二十歳前後の人から40代、50代の人まで十数名でした。前半ではそれぞれの参加者が自分の好きな本を前に出て紹介し、後半にこの集まりでの感想を一言に表して紙に書き、それを発表しました。

テーマが自分の好きな本というだけに、どの人も持ち時間の7分間ほぼ全部を使って思いを述べました。私は宮沢賢治のやめとこ山の熊を中心に、作品を通して語られる人と自然との関係について話しました。

このごろはコミュニケーション能力の不足ということがよく言われますが、ごく若い参加者も自分の考えをとても良く伝えていました。流れるように言葉が出ないのですが、それは多分自分の言葉で話しているからだと思いました。本人はうまく話せなかったと思っているかも知れませんが、私はむしろ、そのとつとつとした話し方に、心に響くものを感じました。

振り返って自分のふだん使っている言葉を考えると、なんと常套句を多く使っていることだろうと思ったのです。若い方々の倍も生きている私は、本もかなり読んでいるわけで、その蓄積から得た様々な形容詞を借用して使っていることがとても多い。二十歳前後の参加者の言葉にはみずみずしさを感じました。

ここに集まった人の立場は実に様々で、ふだん私が交流している人たちとはいろんな意味で全く異なる種類の人でした。年齢を減るに連れて、周囲にいる人はだいたい似たような人ばかりになるので、私にとってはとても新鮮な感じを味わいました。

まとまった形で自分の意見を述べる機会は、ふだんあまり多くありません。ですから、たまに意見を言おうとすると何を言っていいかわからない。こんなふうに感じている人は、少なくないのではないでしょうか。

一方で、意見を求められる機会はとても多くなっていますし、また必要にもなってきています。

このような会に参加することで、自分が何を感じているか、どう考えているか、自ら内面を探ってみる良い機会になります。そして内側を見つめているうちに、だんだん自分というものがはっきり見えてくるような気がします。これで意見を言う準備はできました。

後は人前で話すことに慣れることです。高校生の頃、一分間スピーチというプログラムがあって、生徒は毎日一人ずつ、朝の会で一分間、好きなテーマで話をするのです。私が最初に話さなければならなかった時、ちゃんと準備をして言ったにもかかわらず、クラスの前に出た途端にすっかり忘れてしまって、一言も口から出ず、ものすごく恥ずかしい思いをしました。私を知人は、信じられん、というかも知れませんが、当時はごく内気な少女だったのです。

私がそれなりに人前で喋れるようになったのは通訳養成所に通っている頃でした。定期的にプレゼンテーションをしなければならなかったのです。ここで、言葉を話すタイミングや、内容の構成の仕方など習いました。回を重ねるうちに、だんだん喋れるようになったのです。つまりだれでも練習すればできるようになるのです。

カフェのようなごく気楽な、ふんわりした雰囲気の場所は、こうして自分の意見を人に伝える練習をするには、とてもいい場所ではないでしょうか。このごろ、あちこちでいろいろなカフェが開催されているようですから、参加することには大いに意義があると思います。

それに思いがけない出会いもあるかもしれません。多様な人の意見を聞くことで、自分の考えを客観的に眺めることもでき、これも捨てがたい利点です。

国のレベルでも自治体のレベルでも、私達の声はなかなか届かないと思っている人は多いと思いますが、理由の1つは私達が発言しないからだと思います。自分が何を望んでいるか、自分が住む地域に望むものは何か、よく考えて発言できるようになれば、私達にとって望ましい結果が得られるのではないかと思うのです。

やまんば 取材に行く

関市のNPOぶうめらんが発行している雑誌「ぶうめらん」の特集するテーマについて、板取へ取材に行ってきました。

板取は関市と合併する前は板取村といいました。若い頃に少し縁のあったところなので懐かしさを感じて道をたどりましたが、道は当時よりも随分良くなり、新しい店も出来てこの地域の景色は少し変わっていましたが、家々を取り巻くように立つ紅葉に染まった高い山々は少しも変わらず、谷には相変わらず澄んだ水が流れていました。

板取川にかつて計画された揚水式発電所の取材だったので、まず役場に行ってその経緯を聞きました。当時見込まれていた大きな電力需要に対応しようと中部電力が計画し、村の方も年間予算を大きく上回る経済効果が期待できるということで、議会が賛成して事業が進むかに見えましたが、その後省エネルギー技術の発展や経済環境の変化に伴い、需要の大きな伸びは期待できなくなり、発電所に必要なダム本体の着工を見ることなく、最終的には中止となりました。反対派の運動も多少あったようでしたが、影響を与えるほどには盛り上がらなかったようです。

今はその復旧作業中であり、発電所に続くトンネルを埋め戻しているということでした。入り口には足場が組まれており、そのすぐ横には澄んだ水をたたえる板取川が流れていました。

20年前を振り返るという企画の一環として行ったこの取材。板取村はこの建設計画に大きな期待を寄せたと思います。計画の恩恵でしょうか道路が整備され、村の外にある高校へ通うことができなかった子どもたちも通学できるようになりました。中学校とそれに併設して食堂が建設されました。山に囲まれた林業の地域ならではの、とても美しい施設です。私が訪れたのは建設されて間もない頃で、大きな食堂には長いテーブルがあって、先生も生徒も一緒に食卓を囲んで温かい食事を食べていました。施設全体が木でできていますから目に優しいし、こんな建物の中で子供が暮らしたら穏やかな心が育つに違いないと思ったことでした。

その後、板取村は関市と合併しました。750ほどあった世帯数は500世帯ほどになり、かつて村の8割を占めていた長屋姓は6割に減りました(役場の方の言)。

万物流転という言葉を想います。どんなことも、川の流れのようにひとときとして同じ状態にとどまることはない。それは抗おうとしても抗いきれない力です。

抵抗するのでなく、これに柔軟に対応する力を養わなければならないと思いました。それと同時に、この地域を守るように連なる高い山々が変わることなくそこに存在するのを見て、ここに暮らす人々にその力を与えているように感じました。

板取地区の概要については
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E5%8F%96%E6%9D%91

観光については
http://www.itadori-kankou.jp/

発電所計画の中止については、中部電力のサイト
http://www.chuden.co.jp/corpo/publicity/press2006/0202_2.html

を御覧ください。

メイ・サートン 「独り居の日記」

表題のとおり、これはアメリカの作家メイ・サートンの日記です。

作品として位置づけられていますが、そういう感じはほとんどなく、普通の日記のようにその日にあったこと、誰それが訪ねてきたとか、庭を掃除したとか、そんなことが書かれています。そして深い内省。

これを読んで私はあることに気が付きました。

随分長い間、自分の心の中をじっくり見つめるということをしていなかった。

なぜこう考えるのか、なぜこうしたいのか、これからどうしたいのか。

高校の頃、私の部屋の窓の外には大きなモチノキがあって、その向こうにはツツジなどの花木が植わった庭があり、更にその向こうは山でした。私は窓の外を眺めながら、実にいろいろのことを考えました。たいていは読んだ本がきっかけとなって考え始め、それからそれへと広がってゆく。さしてまとまりがあるとは思えず、それでどうなったということもないのですが、外の世界から介入を受けることなく、ひたすら自分との会話をしたことは事実です。

そういうことの中から、自分を見つめ、自分のしたいことを知ったような気がする。どう生きるべきか、学んだような気がするのです。

こういう時間はいつの間に失われてしまったのか。

どうもインターネットを使い始めた二十数年前あたりからのような気がします。それはほんの僅かずつ私の暮らしに染みこんで侵食していったので、ほとんど気が付かなかったのだと思います。特にブログを始めてからのこの数年は、人を意識せずに文章を書くということは全くなくなりました。

それでもブログは一方通行の部分が多いので自分で考え出すということが多いのですが、SNSとなると、これは常に一定の仲間とおしゃべりしているようなものですから、参加している間は人の話に触発されることはあっても、自分の中から湧いてくる考えというのは圧倒的に少ないように思います。その分、新しい考え方を知ることができて、いい刺激になるという一面もあります。実際私は、思考回路を発火させるような複数の人にSNS上で出会いました。これは一人でいては不可能なことで、とても喜ばしいことです。

しかし、冒頭に書いたように、気がついてみれば、内省する時間がなくなっていたということはショックです。

自分との会話は、人との意見交換と同じくらい、むしろもっと重要だと私は思っていますから、気が付かないうちにこれが失われていたというのは、私にとって、あってはいけない状態です。

この本を読まなければ、もっと先まで気が付かないままに過ごして、自分を見失ってしまったかもわかりません。これが個人的に抱いた恐れでした。

自分の価値観や考え、好き嫌い、を含め、自分自身というものをいつも確認しておく必要があると思います。そういう個性が集まってはじめて健全な社会ができると思うからです。

もう少し大きな大きな目で見ると、人の意見ばかりを元に意見を言ったり、それに影響されていると、烏合の衆とかしてしまわないか、少し心配になりました。