虔十公園林

宮沢賢治

虔十はいつも縄の帯をしめて、わらって森の中や畑の間をゆっくり歩いているのでした。
雨の中の青い藪を見ては、よろこんで目をパチパチさせ、青空をどこまでも翔てゆく鷹を見つけては、はねあがって手をたたいてみんなに知らせました。
けれども、あんまり子供らが虔十をばかにして笑うものですから、虔十はだんだん笑わないふりをするようになりました、、、(本文より引用)

そんな虔十がある日一本の杉の木を畑の隅に植えます。そんな日陰に植えても育つはずがないとか、おれの畑が陰になるからやめろだとか、周りの人にいろいろいわれますが、虔十のお父さん、お母さん、それからお兄さんは虔十に協力して杉を植えるのを優しく手伝いました。
さて、それから何十年の月日が流れ、虔十は亡くなり、そのへんに新しい建物が建ち、鉄道も引かれました。ある日、虔十の村から出た偉い学者が故郷に帰ってきて、ずっと昔、虔十が植えた杉林を訪れました。今では子供達の素敵な遊び場所になっていたのです。

以下、本文から引用。
「ここはいま学校の運動場ですか。」
「いいえ。ここはこの向こうの家の地面なのですが、家の人たちがいっこうかまわないで、子供らの集まるままにしておくものですから、まるで学校の付属の運動場のようになってしまいましたが、実はそうではありません。」
「それは不思議なかたですね。いったいどういうわけでしょう。」
「ここが町になってから、みんなで売れ売れと申したそうですが、年寄りのかたが、ここは虔十のただひとつのかたみだから、いくら困ってもこれをなくすることは、どうしてもできないと答えるそうです。」
「ああそうそう、ありました、ありました。その虔十という人は少し足りないと私らは思っていたのです。いつでもはあはあ笑っている人でした。毎日ちょうどこの辺に立って私らの遊ぶのを見ていたのです。この杉もみんなその人が植えたのだそうです。ああ全くだれがかしこく、だれが賢くないかわかりません。、、、」