猫も杓子も

千葉法務大臣の死刑執行について報道がなされている。どの報道も、コメントも一様に大臣の死刑廃止論者としての主義主張との矛盾を指摘している。

しかし、私は大臣が執行に立ち会ったという点を大いに評価、尊重したい。政治家が、自分の行った行為がもたらす結果について最後まで責任を持って見届けるということは、あってしかるべきだが意外に無いと思う。まして、死刑執行などという特殊な、かつ、見届けることが最も躊躇されることについてそれが行われたことは大いに尊敬に値すると思う。

もう一点。死刑自体に反対している自分の考えを越えて、責務としてこれを行うということは、深い精神的苦痛があったことは容易に想像できる。死刑という刑罰がある以上、そして死刑囚が現実に存在する以上、死刑の執行は大臣の主義主張にかかわらず執行される必要がある。

大臣の行動を立派だと評価する人がいないのか、報道する際には批評の方が注目を集めるからなのか、この報道の仕方の画一性には驚く。

夕方のニュースはどこの局も同じ内容、同じ視点、メニューまで同じ、さらにはその構成まで同じだ。一つの局でニュースが終わったから別の局のニュースを見ようとチャンネルを変えると、そこでもニュースからワイドショーまがいの内容に変わったところだ。一つの局でスポーツニュースをやっている時はどこに替えてもやっぱりスポーツだ。チャンネルも報道会社もいくつかあるのに、ここまで同じなら、いっそのこと一つだけで十分ではないか。もっともNHKは、他で報道しない内容も報道するので、ニュースについては好きだ。