日本の名随筆「嘘」

日本の名随筆「嘘」
筒井康隆
作品社

嘘は事実でないことをいう。が、嘘が事実以上に物事の本質を表していることがある。

先の「質屋」がなかなかおもしろかったので続いて「嘘」を読んでみた。期待通り、これもなかなかにおもしろい。中でも澁澤達彦、別役実井上ひさしなだいなだがよかった。

別役は私の最も愛する作家で、この本に掲載されている作品「はなじごく」もすでに読んだものだった。「道具づくし」の中の作品である。別役の作品はどれも、注や後書きまで、作品になっている。このような作家は他に知らない。また、別役の作品はたいてい大嘘ばかり書いてあるが、それを読んで腹を抱えるにはそれ相当の知識が必要だ。事実との落差、または事実と形が似ていながら、ありえない内容がまことしやかに書かれている。事実を知ったうえで、その大嘘を読むときにだけ、その落差に大笑いできるのである。
別役には特別の愛着があるので、百万言を費やしたいところだが、あさっての世界の住人であると誤解を受けるといけないのでこのあたりで我慢することにする。

澁澤達彦、実はこの人の作品は2つほどしか読んだことはない。が、その文体に惹かれて印象に残っていた。今回の「嘘の真実」という内容と文章も心地よく楽しむことができた。そこにくっきりと澁澤達彦という人物が浮き上がって見えるような文章だ。

井上ひさし、この作家の作品は気になっていながらも一つも読んだことがない。ひょっこりひょうたん島という人形劇が昔NHKで放送されていて欠かさず見ていた。その作者が井上氏だと知って興味を惹かれたのはもうずっと前の話。その後「吉里吉里人」という作品が出版され、読むスピードと物語の進むスピードが同じになるように作られている、という井上氏の話でまた、非常に興味をそそられたが、いまだに読んでいない。この他にも井上氏がテレビ放送向けの作品を作るのをやめた理由を知ったときにも大いに関心を持った。
このような長きにわたる前置きの後、この随筆集に収めてある「原稿遅延常習者の告白」を初めて読んだ。さっと読めばそれだけで十分楽しむことができるその文章は、ごく細かなところまで気を配ってあり、あちこちにおまけが隠してある。何度読んでもそのたびに味わい、楽しめるような文章だ。緻密な構成と言葉の選択。一語たりとも読み逃すのが惜しまれるような文章だ。なぜ、今まで読まなかったのか。不思議だ。アンテナがぶるっと震える本はたいてい読んできたのに。次はきっと井上ひさしを読もう。

なだいなだ、この人は確か精神科医で奥さんがフランス人だ。「何が真実かについて」と題されたこの随筆ではフランス人の奥さんの、フレンチ・ポテトについてのこだわりを題材として書いている。これは先の井上ひさしとはまったく別の、ラフでおまけも一つもない、さらっと読んでおしまいという文章だ。が、これはまったく別の意味でとても楽しめる。魅力は文章でなく、その人生の姿勢と、たぶん文の速度感だ。