HEAVEN

HEAVEN
ケイト・ブランセット、ジョバンニ・リビシ主演。
監督、トム・ティクヴァ。『ラン・ローラ・ラン』(原題はLora rennt=ローラは走る)で世界的な成功を収めた36歳のドイツ人監督。

久しぶりに映画を見た。ドイツ、イタリア、イギリスの合作。題名はHEAVEN、天国、だ。
犯罪者とそれを追う警官とが恋に落ち、逃避行するというややありがちな設定ではあったが、その範囲を大きく超えて楽しめた。

画面に映し出されるイタリアの都市部と農村の風景が大変美しい。そこここには話の内容を象徴するような情景が入れてあるが、これも大変に美しい。構成も緻密。音のない場面が多く、またそれが良く活かされていた。

アメリカ映画と欧州の映画は冒頭の場面を見ただけで分かる。光の具合が違う。欧州の映画は光が弱い。緯度が高いということもあると思うが、陽射しの強い場面でも何か、翳りを感じる。話の内容にかかわらず、アメリカ映画にはこれが全くない。もう一つ、欧州の映画で特徴的なのは、せりふのない場面が多いことだ。この無言の間がせりふ以上に多くを語っている。

アメリカ映画にも欧州の映画にも共通するのは、耳を傾けたくなるせりふが必ずあるということだ。
“人は肝心なときに、非常に無力だ。”
犯人を伴って逃げようとする息子をどうにかして助けようと、父が逃避行に手を貸そうと申し出るが拒絶され、そこでこの言葉をため息のように吐く。日本の映画にはこのような深い言葉があまり無いのがとても残念。このあたりに、言葉を大切にする文化とそうでない文化の違いを感じて、話の筋とは別の意味でおもしろい。

映画の冒頭で犯人である女の取調中、女が失神し、警官が女の手を取った瞬間、警官は恋に落ちた。恋に理由など無い。
日本語ではこの場合恋といい、愛ではない、、、ような気がするが、英語では愛と恋の区別はない。このあたり、LOVEというもののとらえ方が日本とは大変異なっていて、そういうことにも思いをめぐらすと更に興味深い。日本の場合、今は、だれかを好きなことを「愛する」というが、これは翻訳語であり本来この種の感情は愛しいと書き、かなしいと読んだ(万葉集古今和歌集など)。このころは兄弟も、異性も同じく愛しいと思う存在だった。

話が映画からすっかり逸れてしまったが、それほどストーリーに感動しなくても見た後にこれほど充足感が残る映画は、私にはとても珍しい。