世の中を照らす小さい光

火曜日なので定例の読書会に行くと、いつもは五人くらいしかいないメンバーに四人ほどの見たことのないおばさん達が加わっていた。どうしたことかと思ったら、そのおばさん達はさつき会という会を作っていて、毎週一回朝六時から近所に落ちているアルミ缶を拾って、それをお金に換えて貯金し、そのお金で車いすなどを寄付する奉仕活動をしているという。平成4年に設立したというからもう18年くらいになるらしい。70歳から80歳くらいのおばさん、というか、おばあちゃん達だ。皆さんが明るい笑顔をしていらした。

さらに話を聞くと、六時から近所に落ちているアルミ缶を拾ってそぞろ歩き、それが終わるとみんなでお茶を飲んでおしまいにするらしい。

今は金属の値段が上がっているのでアルミ缶1kgで百円くらいらしいが、たとえ百円で引き取ってくれるにしても、アルミ缶1kg集めようと思ったらずいぶんな距離を何日も歩く必要がある。車いすを買おうと思えばとんでもない量のアルミ缶を集めなければならない。それに必要な労働力たるや、とんでもないことになる。

このおばさん達は義務感からでも、社会奉仕をしようという崇高な思いからでもなく、ごく普通にこの活動をしていらっしゃったようだ。

へえっと、この効率を度外視した活動に驚く反面、これは世の中を照らす小さい明かりだと、ふと思った。このような小さい明かりが沢山世間をてらせば、よほど足下が明るくなる。足元が明るくなれば、犯罪も減り、地域社会も活性化し、人の元気も出てくる。

大事なことは、大事でなく小事だ。また、笑いなくして成功はない、という言葉があるとおり、おばさん達はよく笑う、愉快な人たちだった。こういう人たちを特別な存在にしてはいけない。

市場経済とは無関係の、人が本来持っている、あたたかい思いがそこにあった。