「三丁目の夕日」を観て涙す

「三丁目の夕日」を見て涙す の巻

日曜の夜だったか、「三丁目の夕日」をテレビでやっていたので、映画館で観たものの、もう一度観るかと思って観ていたら、またまた同じところで泣けてきた。映画館で観たときは辺り一面おばさんばかりで、あっちでもこっちでも濁音が響いていた。

昭和初期の町の暮らしを描いたもので、観た人も多いと思う。小さな自動車修理店の家族を中心に、そこに住み込みで働く女の子と、店の前に住んでいる貧乏作家、そこに一緒に暮らす子供の日々の暮らしが描かれている。

テレビが修理店にやってきたところなどは私にも親しい記憶として残っている。好奇心が強い性格の父は、我が村でも比較的早くテレビを買った。テレビはフリンジ付きの緞帳みたいな高級そうな布が前面にかけてあって、ほこりがかからないようになっていた。近所からは夕方になるとテレビを観に人が集まった。我が家の居間は引き戸を全開にして、みんなでテレビを観たのだった。

初めて電話を引いたときも、思い出深いものがある。祖父は何しろ明治の生まれ。遠くにいる人の声が、まるですぐ側にいるように聞こえてくること自体、信じられないような心地だったに違いない。しばらくは電話にさわりもしなかったが、だいぶ立って、ようやく電話を使ってみようと思った頃は、まず電話の前に正座をして、ものすごくかしこまって、おもむろに受話器をはずし、丸いダイヤルをそろっと、丁寧に回したものだ。

そんな祖父母の時代には狐が人を化かしたり、田んぼに神様がいたりした。毎朝お日様が昇ることを有り難く思い、日が暮れると夕日を愛でた。