じいさんの家を断捨離する

今年もあとわずかとなり、正月もやってくるのでそろそろあちこちを片付けなければならない。昨日は暖かかったのでじいさんの家の台所を掃除した。

何せ古い田舎家でスペースだけはたくさんあるので、しかも昔の人なので、物を捨てるということに対して極度に慎重だ。だから、あちこちの隅に豆腐の空き箱だの菓子箱だの古い靴下だの、諸々の物が山積みになっていた。まとめて絆を断ち切る。更にあれやこれやをどけてみると、下の方に洗濯洗剤に付いてくる計量スプーンが20個ほどもかたまってもがいていた。一体何にしようと思ってとっているのか、、、まとめて捨てた。

こうしてあれもこれもとゴミ袋に放り込んでいると、ふと思い出したことがある。まだ祖母のみちえさんが生きていた頃。みちえさんは片付け上手で、ごく狭いところにあらゆる物をしまっていて、あれ、といえば必ずそれが出てくる上に、私がごく幼い頃に頭に留めていた赤いピンというような、些細な物までタンスの奧にしまっていた。着古したもんぺとか、壊れた時計とか、どこのか分からないネジとか、虫かごとか、、、ほとんどありとあらゆる物がここに入っているんじゃないかと思えるくらいのタンスだった。ひもなどはもう、日本を計れるくらい、包み紙は岐阜県を包めるくらいありそうだった、とは、大げさであるが。そうして、何かの折りにちょっとした物を出してきて、本来の目的とは全く別の目的に使ったりしていた。廃物利用じゃ、とよく言っていた。

今は何でも専用の物が出来てきて、一つの物を一つの目的にしか使わないが、ちょっと頭を使えば別のことにも使えるということはいくらでもある。みちえさんは小学校しか出ていなかったが、頭をよく使っていたと思う。日常の様々な出来事をよく観察してそこから科学的な知識を得ていたし、昔からのことわざも暮らしによく役立てていた。料理をするとき私が醤油を入れすぎないように、後悔先に立たず、などと言った。学校へ行くときは毎朝、人は右車は左、といって送り出した。こんな場面を折に触れて思い出す。