年が改まる

明けましておめでとうございます。
今年も相変わらずよろしくお願い申し上げます。

さて、忙しい年末も過ぎ、あっという間に正月二日になりました。

またぞろ、子供の頃の話で恐縮ですが、子供の頃は正月といえば何か神聖な感じがするものでした。

晦日だけはお日様が高いうちに風呂に入って身を清めるのだが、もうこのあたりからうちの周りの空気がいつもより澄んでいるような気がしてくる。昼の日中に風呂にはいると、湯から立ち上る白い湯気が風呂場にゆらゆらとたなびいて、小さい窓からは明るい日差しが射し込む。

庭には門松を立てる。このあたりの門松は、雷みたいな形に切った和紙を松の枝にかけるというものだ。祖父はいちばん神妙な顔をして、八百万の神様達に囲まれてすっかりかしこまっている。この祖父の雰囲気が家族の者みんなに伝染して、子供もすっかりかしこまってしまう。神棚にはかち栗、昆布、干し柿を供え、柏手を打ってみんなで礼拝する。

それがすむと、そこここに餅などを供え、飾り物をし、母や台所でおせち料理の準備に大わらわ。祖母もあっちに走りこっちに走りして、なにかと動き回っている。そんなこんなで晦日の日は暮れ、夜になると、この日ばかりは子供達も遅くまで起きていてよいということになり、何が何でも年が変わることまでは起きているぞ、とみんなして意気込むのだが、九時を過ぎる頃からまぶたが重くなり、十時には最初の意気込みもすっかり勢いを失って布団に滑り込む。

元旦にはまだ暗いうちから、自宅の氏神様と近くの神社に詣でる。神社の空気はいつもに増して神聖さを増しているようだ。

一年に一度だけこんなにも神様を意識するのだが、どうもやっぱり、これが一番しっくりする気がする。私の神様は、やっぱり山の神様と田んぼの神様だ。