ネットの威力

インターネットの編み目はこのごろ富みに細かく、かつ洗練されたものになっている。ブログをはてなに引っ越したら、はてなではツイッターはいうに及ばず、はてな内で多種多様の「繋がる」サービスが提供されている。新聞などの電子版を見るとそこにブックマークや、いいね!マークや、ミクシィのマークなど、諸々のサービスに関連づけることが出来るが、これと同じだ。

こうして、私が何らかの選択を行うと、それをネット上の多くのサービスに接続しているユーザーと共有することができる。そして私の方は、他の全く知らないユーザーたちがどんなものを好むのか統計的に知ることが出来る。

更に「お気に入り」などというタイトルのサービスにページを登録すると、そのうちそれに沿った他のページや商品が表示されるようになる。

昨年ニコラス・カーが出版したTHE SHALLOWS(日本語のタイトルは「ネット・バカ」だが、私はこのタイトルを使いたくない。著書の趣旨に反していると思うからだ。)という本に、ネットが発達すると様々な情報が得られるようになるというおおかたの見方とは裏腹に、ネット上ではアクセスの多いサイトが検索や商品の紹介で上位に表示されることによって、かえって、人気のあるものに興味がより集中し、選択肢はかえって狭くなる傾向があると書かれている。つまり、アクセス数が多い順に表示されるため、独自の知的好奇心によって検索を行うことがむずかしくなるということらしい。

ネットというものにほとんど信頼をおいていない私も、好奇心が背中を押してブログはもちろんツイッターやフェイス・ブックにアカウントを持っている。最近はこういったサービスに写真などを簡単に掲載するためのサイトなども出来ている。私が知らないこのような連携サイトは無数にあるに違いない。私が使っている3つばかりのサービスに対してさえ、上に書いたようなことを身を以て感じる。いずれも大手企業が参加しており、独自のサイトを開設して盛んに顧客の動向を調査したり、興味を引きつけようと活動しているのが分かる。いずれのサービスにも、他のサービスへの連係機能があり、一つのサービスしか使っていない人もそれをクリックすることで他のサービスを知ることになり、ひいてはアカウント取得に繋がる。

こうした中、私個人の場合には、アクセス数が多い記事が先頭に表示されるために、紙の新聞なら自分の興味をもとに記事を読むところを、先に表示されたものをつい読んでしまう。紙の新聞なら読んだかもしれない興味のある記事でも、表示されていないために読まない記事もたくさんあるに違いない。

このようにして世界中がインターネットの網を被せられ、ネットが標準とする価値観が席巻するようになるのだとしたら、恐ろしいことだ。価値観でも、経済力でも、そして権力でも、一つに集中するということは危険だ。経済力や権力の集中は比較的認識しやすいが、価値観の標準化は認識することが困難だ。知らない間にそれに誘導されて行動してしまっているということがある。

「売れてます」と表示すると、そのものが売れるという現象はすでにあるらしい。