子供達の笑顔に光が見える

連日震災の残酷さが報道される中、被災した子供達が元気に遊んでいる姿が少しの救いだ。心に痛手を負っているとは思うけれど、新しい事態に順応する能力という点では、大人よりは子供の方が長けているのではないだろうか。生きてきた時間が短い分「こうであるべきだ」ということが少ないから。
この震災で多くの子供達が保護者を失っている。この子達が新しい家族を見つけられるといいと思う。
日本は養子縁組がまれだが、欧米諸国では先のチリやインドネシアの災害の際にも、直後に震災孤児を養子に迎え入れようという申し出が相次いだ。子供はみんな神様の子という考えがあるからか。
私は以前、里親募集の公報を見て電話したところ、収入や家族構成を訪ねられ、配偶者がいないのはよろしくない、ということであった。私は二人の娘を育てており、反社会的な考えも持っておらず、金持ちでないということ以外に大きな問題はないと思うのだが、許可されない。男の人が外でそれなりの収入を得、妻は家にいて家事と育児をする、そんな戦争直後みたいな家族像を福祉課は想定しているらしい。
また日本では血ということがずいぶん重んじられる。内と外という言葉が日本文化を象徴する言葉として取り上げられることからも分かるように、血縁が大事であり、これが絶えることを極度に恐れる。友人は婚家で娘四人に恵まれたが、男の子を切望され、もう一人頼むといわれたが、さすがにもう嫌ですといったらしい。
我が野澤家は娘二人で、二人とも配偶者の姓を名乗っているので、血という点からは絶えることになるが(血は男にしか流れていないらしい)、この家がなくなったところで何ほどの影響があろうか。子供はちゃんと立派に生きているのだ。
国境の意味がだんだん失われている今、子供はみんなで育てようというおおらかな観点が欲しいと思う。一緒に暮らせばそれが家族ではないか。
この文章の締めくくりとして、以下のご託宣を聞いていただきたい!
ご託宣.3gp 直