正常運転の原発でも、廃炉には十年を越える年月を要するということ

原発を廃炉にするには年単位の時間がかかるということを、昨日初めて知った。こんなことも知らないでいたのだと、ややびっくりした。二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーだ、ということが最近はかしましく宣伝されてきたが、原発の欠点についてはほとんど知る機会がなかったのだということも改めて知った。

原発が出すエネルギーを人の手で制御することは非常に困難だということは今回の事故の報道で少しわかった。そして、いったん事故が起こって放射能が漏れだしても容易に止めることができないばかりか、施設自体を解体するにも十年以上の年月が必要だということもわかった。正常運転を続けた原発の廃炉でさえも15年を要するのだ。
以下、中部電力HPより引用
「現在運転されている原子力発電所も、いつかはその役目を終える日が来ます。
運転を終了した原子力発電施設は、最終的には解体撤去することが基本的な方針です。原子力発電施設の廃止措置については国土の狭い日本の場合、安全の確保を前提に、地域社会との協調を図りつつ、敷地を原子力発電用地として引き続き有効に利用できることが重要です。
原子炉の解体については、既存の技術またはその改良により十分対応できます。日本原子力研究所では、1963年、日本で最初の原子力発電をおこなった動力試験炉(JPDR)の解体撤去を1981年度からおこない、1996年3月に完了しました。」http://www.chuden.co.jp/energy/nuclear/nuc_haishi/sochi/index.html?cid=ul_me

電力会社が地方に原発を作る時、こういうことも説明しているのだろうか。確かに、電力会社のHPでは放射能の有益性と共に、身体への影響についても記述があるが、実際に原発が作られる地方で、そういう情報にアクセスし、内容を理解できる人はどれほどの割合なのだろうか。都市部との情報格差は否めないものがあると思う。今回の原発事故での地元の人へのインタビューでも、会社は安全だ安全だとしか言っていない、という発言があった。実際そのような受け止め方が現実なのだろうと思う。電力会社は説明したと言うかも知れないが、理解が行き届いていなければ説明していないも同然だ。また、建設することを前提として話すわけだから、「不都合な真実」はなるべく出さないようにするというのも人情だ。

福島原発については一体いつになったら処理が終わるのか、今のところ見えていない。そもそも、燃料を冷やす前の段階で作業が滞っている。

原子力発電についてこのように勉強したのは今回が初めてだが、知れば知るほど、その技術の利用と、原発の裏にある経済的インセンティブの利用方法に疑問を感じる。電力会社の「安全です」という言葉はあくまで過去の条件を前提にしたものであって、今回のように専門家の予想をさえ遙かに上回る自然の力にあっては、電力会社の「安全」は崩れる。そうして、こういうことはこれからもいつ起こるかわからないのだ。すべてを制御しようという人の傲慢さを捨てて、いざというときには人の手で、それこそ「安全に」収拾できる技術にのみ、その利用をとどめるべきではないかと、改めて思う。

「電気がなければ暮らしていけないじゃないか」という発想ではなく、基本的には、「ある分だけで暮らそう」という発想に転換すべき時ではないだろうか。このことはなにも電気ばかりではなく他のいろんな技術についてもいえることだ。

足を知るものは富めり、という老子の言葉がある。



以下の記事はすでによく知られていると思うが、覚え書き代わりにここに記すことにする。

ロイター
焦点:出口見えない福島原発危機、解決には数十年か
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20365420110331


読売
福島第一原発、廃炉は数十年がかり
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110331-OYT1T00177.htm

朝日
廃炉に長い歳月 福島第一原発、予測は困難
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104010226.html