リビング・スキル:食べる

フラップジャックhttp://ubsna.exblog.jp/15841033/

「イギリスの伝統菓子で、オーツをゴールデンシロップで固めたもの
ゴールデンシロップとは麦芽水飴のことだろうと思っていたら、どうやら白砂糖を作る過程で出来る蜜らしい
家にあるもので一番近そうな「米飴」で代用

シリアルバーよりもガリっとした固い食感
なぜか懐かしい味」(ブログより引用)



ブラックジャックではありません。
このお菓子の写真を見たとたんに、美味しいに違いないと思いました。作り方を見るとやっぱり私が好きな種類の食べ物だと確信しました。「ガリッとした硬い食感」というところが。私は何でも歯ごたえがあるのが好きなので。

この記事を見て、昔祖母が麦飴というのを作っていたのを思い出しました。麦芽糖で作るんだと言っていました。麦を水に浸して発芽させ、それを筵(むしろ)に広げて、上からまた筵をかぶせて日当たりのいいところに置いて麦が麦芽糖を作ってくれるように管理するのです。ここで筵というものが分からない人のために説明すると、これはわらを編んで作ったござのようなもので、畳一畳ほどの大きさがあり、これに大豆を干したりなにかしました。ままごともこの上でしました。筵は農作業がない冬の間に祖父が作るのです。祖父はざるやかごなどの竹細工からこうした筵や草履などのわら細工も器用にこなして、暮らしに必要なものは全部作っていました。今ならそれぞれの分野の職人として立派に食べていけるくらいの細工をしたのです。もっともこれは祖父に限ったことではなくて、その頃は隣のじいちゃんもその隣のじいちゃんもそうしていたのです。その合間にばあさんは着物の洗い張りをしたり漬け物を漬けたり、繕い物をしたりして働いていました。仕事をすることが生きることであり、生きることは仕事をすることでした。カルチャーセンターに行ってガーデニングの勉強をしなくても、目の前にある草や花をじっと観察してどうしたら沢山花を咲かせてもらえるか知恵を絞りました。店で花を買う代わりに近所の人と取り替えっこをして花を増やしました。じいさんは時々川に行って魚を捕り、ついでに遊びました。ジムに行かなくても毎日の暮らしで体中の筋肉は鍛えられ、肥満なぞの心配はありません。

そういうことを思い返してみると、その頃の暮らしはそれ自体の中に技を磨く要素、遊び、学びがありました。暮らしに必要なものを自分で作ることができたのです。そういう全的人間が集まって暮らしていたので、時々起こる自然災害にも柔軟に対処できたであろうと思うし、また、山の神様や田んぼの神様を敬っていましたから、自然界を傷つけることもありませんでした。

こういうことはもう昔話になってしまおうとしています。けれど、今回のようなたいへんな地震と津波が起こってみると、私たちが昔持っていた能力のどれほど大きな部分を電気に頼っていたかがわかりました。人が動物として持っている能力を失わないように、そもそも人の遺伝子は猿のそれと98%同じであるということを、忘れないようにしたいと、強く思ったことです。