選挙活動に参加して思うこと

スーパーに買い物に行くと、道ばたで市会議員に立候補した先輩が一生懸命手を振ったり、道ばたで演説したりしていた。ちょっと感動した。

実は彼が立候補するまで、市会議員の選挙にはあまり関心がなかった。知らない人ばかりが立候補していたからだ。ところが今回、実際にキャンペーンに参加してみて、思いを新たにした。

地方選挙というのは立候補者がその地方の名士とか実力者みたいな人に限られてくる。そういう人は周りから推薦され、すでに強固な地盤と財産と肩書きを持っている中で選挙活動を行うが概ね当選は約束されている。その結果特定の地位にある人が多数を占め、一定の共通項を持った人が議会を構成するために、やはり問題は起こってくる。その顕著な例が今話題になっている名古屋だ。議会では反対意見が出るような議題はそもそも議会に出さず、常に出した議題は議論もされずに賛成されて通るという状況だったらしい。そこに一石を投じたのが河村市長だ。議会を市民の手に。

先輩は支持組織も持たず選挙活動をしている。彼は私と同じくらいのただの人で、違うのは政治に対して強い思いがある点だけだ。特定の人ばかりで構成される議会に、私と同じ視点を持った川合はるよし君のような議員は是非とも必要だと思う。本来なら、議会は私と同じような普通の人で構成されるべきだ。いつから地方政治まで国の政治のミニ版みたいになってしまったのだろう。なぜ、私たちの暮らしを左右する政治に関心が払われなくなったのか。

中学生のころ、百姓は生かさず殺さず という言葉を習って、今でも時々思い出す。クーデターが起こるほどにいじめないでおけば、百姓は我慢して黙っている、という悪代官のうまいやり方を表した言葉だったように覚えている。私たちはべつにいじめられているわけではないが、真実を隠されたり、私たちが納めた税金を食い物にされたりしている。しかしそれに対して怒って立ち上がるほどのことでもない、という微妙な案配なのだろう。そんなへたれた草のような大多数の市民と大樹の陰で憩いを求める市民ばかりが大勢を占める中で、彼は一人で立ち上がった。自分を大衆の前に晒し、そのうえその主張を述べるということは大変なことだ。道ばたで演説しても、だれも立ち止まってくれないということもあるに違いない。

議会には有力者も実力者も必要だが、普通の市民も欠かせない。一市民である議員として、是非とも活躍してもらいたいと思う。