震災の現実がだんだん実感されてくる3か月目

震災直後、避難所の人たちを見舞った医師は、「今はみんな気を張っているからいいが、問題は何ヶ月か経って物事を冷静に見ることができるようになってからだ。そういうとき、鬱状態になる危険がある、」といっていた。今も避難所で暮らす人は9万人を超える。亡くなった人や行くえ不明の人は二万人を数える。

震災直後に気持ちを一つにして一つの時間を生きていたわたしたちは、今やそれぞれの日常に戻りつつある。だんだんあの悲惨さが記憶の中で薄れてゆく。しかし今このときも、家を無くし、仕事を無くした人たちがいることを忘れてはならない。また、放射能の汚染は全国に広がりつつあるし、そもそも放射性物質の放出自体、止まっていない。

「あの震災以来、この列島は、複数の時制へと引き裂かれてしまった。目前の復興に集中せざるを得ないがれきの中の時間。錯綜する情報や半減期というフレームの中で宙づりにされた「原発」の時間。避難所の時間、無人化した村の時間、液状化の時間……。」という文章が心に痛く響く。

時代の風:被災した時間=精神科医・斎藤環

 ◇処方箋は「脱原発
 東日本大震災から3カ月が過ぎた。被災直後の高揚感が次第に薄れ、いまや「祭りの後」にも似た抑うつ気分が梅雨空のように蔓延(まんえん)しつつあるように思う。遅々として進まない被災地の復興、なかなか有効活用されない義援金、そして何より、深刻な事態が今になって次々と明かされる原発事故が、沈滞した気分をいっそう重くする。

 「実はここまで深刻だった」という報道に、私たちは驚くほど鈍感になっている。この鈍感さは東京電力や政府の目算通りなのだろうか。しかし“後出しの告白”のもたらす効果を彼らは理解していない。あっさりと改変される過去は、歴史の虚構化にしかならないのだ。

 「今何が起きているか」に目隠しをされ、「かつて何が起こったか」という情報はもはや信頼できない。この錯綜(さくそう)した状況の中で、私は今、「時制の混乱」について考えている。

 震災直後に生じたささやかな変化として、私は「ツイッター」を開始した。ネット上で短いメッセージを共有するサービスだ。それまで避けてきたこのサービスへの参加を自分に許すには、いくつも口実が必要だった。非常事態における医師としての使命感、被災地情報の共有、その他いろいろ。

 しかし今にして思えばこの行動は、ほどけてばらばらになりそうな時間軸を言葉によってつなぎとめたいという、私自身の「症状」だったのかもしれない。

 あの震災以来、この列島は、複数の時制へと引き裂かれてしまった。目前の復興に集中せざるを得ないがれきの中の時間。錯綜する情報や半減期というフレームの中で宙づりにされた「原発」の時間。避難所の時間、無人化した村の時間、液状化の時間……。

 時制の違いには地域差もある。東北と関東、関東と関西、福島と「それ以外」、そして日本と「それ以外」。いたるところで時制は乖離(かいり)し、「時差」が生じた。喪失を生きる人、何かに投機する人、「ピンチはチャンス」と鼓舞する人、それぞれが異なった時制を生きている。

 これを「時間」ではなく「時制の混乱」と呼ぶのはこういうわけだ。いまや「原発」は象徴的な意味で「きわめてゆっくりと爆発し続ける時限爆弾」のような位置に置かれている(原発被害の拡大をここではあえて“爆発”と表現しよう)。

 その影響が及ぶ範囲や期間が判然としないがゆえに、震災以降の時制は少なくとも三つに分断された。すなわち「“爆発”が起きてしまった後の決定的時間」「いままさに“爆発”が起きつつあるあいまいな時間」「いずれまた起きる“爆発”を予期する徴候的時間」である。

 おそらくこれは、震災がもたらした新しい事態、というわけではない。もともと時間とはそういうものなのだ。無数の時間線の交錯を、国家や時代という幻想がかろうじてまとめ上げてきた。今回大きく毀損(きそん)されたのはその幻想のほうだ。骨格がむき出しになった時間の廃墟(はいきょ)を前にして、私たちは怒りとも困惑ともつかない自らの表情をもてあましている。

 今回に限った話ではない。1995年の阪神淡路大震災は、私たちの日常空間にも亀裂を入れた。私はかつて「震災と文学」(「文学の断層」所収、朝日新聞出版)という文章の中で、あの震災以降、「世界」の多重性を設定に織り込んだ映画や小説が急速に増加したことを指摘した。とりわけライトノベルと呼ばれるジャンルの流行には、明らかに「分断された空間」という震災後のリアリズムが反映されていた。

 関東大震災の後にも新感覚派やプロレタリア文学といった、文学の新しい潮流が生まれている。大きな災害や戦争は、リアリティーの感覚を変質させるのだ。東日本大震災後のリアリズムにおいては、時間の感覚が大きく変質するのではないか。

 もし時間が単線的なものだったら、「時計の針」は巻き戻せるだろう。しかし複線化した時間の流れは、もはや巻き戻すことができない。私たちの記憶や想像力には、震災によって大きな断層が生じてしまった。それは不可逆的な変化であるがゆえに、まぎれもないトラウマ的時間となった。

 ある出来事で心に大きな傷を負った人は、「その出来事が起こらなかった世界」について想像することができなくなる。ちょうど私たちが「震災が起こらなかった世界」「原発事故が起こらなかった世界」をもはや想像できなくなっているように。そこではすべてが必然化する。「歴史にifはない」とは、精神医学的にはそういうことだ。

 はたして被災した時間は修復できるのか。最大の処方箋は“政治”しかない。全面的な脱原発へと向けた現実的選択へ踏み切ること。それは科学ではなく政治の選択だ。もはや原発との共存は、少なくともこの列島においては、分断された時間と破壊された想像力を温存することしか意味しない。ふたたび「未来」を回復するには、われわれにはまだ「時計の針を巻き戻せる」ことを示す以外に手段がないのだ。