ソロモンの指環

ソロモンの指環
コンラート・ローレンツ 著
日高敏隆

カラス、ガン、魚など、ローレンツが飼っていた動物の詳細な観察記録である。鳥類がずいぶん多いが、アクアリウムの作り方も含まれている。

表題の「ソロモンの指環」はこの本のいくつかのエッセーのうちの1つで、旧約聖書に出てくるソロモン王が指環を介して動物と話をしたという逸話からその題をとっている。ここには動物の意思伝達方法の説明の他に、ハイイロガン語とマガモ語との区別まで書いてある。

前書きのところで、「手許にある動物愛好会の会報で見た知識で一冊の本が書けるのなら、かつてのヘック、ベンクト・ベルク、パウル・アイパー、アーネスト・シートン、ヴェッシャ、クヴォネジンといった博物誌の著者たちは大馬鹿物というべきだろう。」とやっつけている。この中ではシートン以外を知らないが、ジュール・ルナールの「博物誌」は私が最も愛する本のひとつである。しかし、コンラート・ローレンツの視点から言えば、大馬鹿物の筆頭に数えられるかも知れない。

「博物誌」と「ソロモンの指環」は視点がまったく違って面白い。「博物誌」が動物を擬人化して思い入れ深く描いているのに対して、「ソロモンの指環」はあくまで客観的視点を崩さず、冷静に観察している。「ソロモンの指環」の後の方には、動物に対する扱いにまで言及があって、それには惹かれた。「何を飼ったらいいか」という題のところでは飼ってもいいものと飼わない方がいいものとをおかしい具合に分類している。

ペットに適した動物はなにか。世話のしがいのある動物はなにか。(中略)動物はすべて自然の一部である。だが必ずしもすべての動物が、自然の代表者として家の中に住むのにふさわしいわけではない。君が買ってはならない動物は、2つの大きなグループに分けられる。ひとつは 君と 一緒ではやってゆけない動物たち、もう一つは、その動物と一緒では 君が やってゆけない動物たちである。(中略)われわれが愛玩動物点で買える動物の大部分は、この2つのグループのどちらかに属している。それ以外のものは、あまり神経質でもなく飼い主の神経をそれほどいらつかせもしないけれど、大部分あまりおもしろみもない退屈な動物なので、金を払って買って、苦労して育て上げる値打ちがない。

「それ以外のものは、あまり神経質でもなく飼い主の神経をそれほどいらつかせもしないけれど、大部分あまりおもしろみもない退屈な動物なので、金を払って買って、苦労して育て上げる値打ちがない。」というところにコンラートの動物に対する姿勢というのが現れている。私もまったく同感で、やたら人にこびる犬とか、なつく動物は好きではない。それはしかし、動物が本来そうなのではなく、人の方がそうさせているのだが。この本には動物に対する人の利己的な姿勢についてもそこここに記述がある。人と動物の間には常に「暗くて深い川」があるのであり、その川は埋めてはいけないものなのだ。

動物を扱った本の中では「博物誌」、「ソロモンの指環」、「シートン動物記」などが知られているから、読み比べてみるのも興味深いと思う。