知の格差は確実に狭まっている

市政報告会に行く

市政に対してはそれほど関心がなかった私だが、友人が議員に立候補したり、今までとはちょっと違った議員の存在を知って、行ってみることにした。

目当ては尾関健治という、現役市議会議員の話だ。

市議会議員による市の財政報告がなされた。関市も他の市町村と同様に財政は逼迫している。そんな中、健康福祉交流施設という大きな建物が建設されるらしい。尾関さんはこれに反対しているという。

関市には合併にともなって合併交付金というものが交付され、それによってこの施設を建設するというのが、推進派の主張だ。しかし、いわゆる箱物を作るような財政的余裕はない、この施設を作っても市の人口は減少傾向にあり、したがって税収増は見込めず、一方で運営経費が将来にわたって負担となる。それよりも上下水道などの社会基盤を整備することの方を優先すべきである、というのが尾関さんの概ねの主張だったように理解した。

もう一点は、市民の意見をもっとよく市政に反映させるような仕組みを作ったり、各保育所の託児機能を充実させたり、という意見があったが、特に目新しいものはなかった。

尾関さんは39歳で、議員2期目。まだまだしがらみもなさそうで、本来の政治家が持つべき志を持っていらっしゃると思った。

当選回数が多くなるに従って様々な利益に影響され、当初の高い志がだんだん失われてゆくのを見るのは、決して珍しいことではない。尾関さんには今の志を長く保ち続けて欲しいと、願うばかりだ。

個人の声が世論になることもある

議員や市長はこれまで概ね、一定の役職を重ねて、階段を登るようにしてなった人が多かったと思う。そのような状況では自ずから価値観も偏りがちになるのであり、また利益も古巣に還元したくなるのが人情というものだ。そんな中、尾関さんはそのような地元的しがらみがなく、また東京で民主党に7年間勤務するなど、国政にも少し関わった経験がある。市民の声をもっと取り入れるべく、地域委員会に似たような仕組みも作りたいとも言っていた。

2年前に民主党が政権を取り、アメリカでは史上初の黒人大統領が国民ひとりひとりに主張を訴えて当選した。個人の声がこれほどまでに影響を与えうるようになったのは、ネットの普及と大きな関係がある。ツイッターやフェイスブックなどのネットワークが普及する前は、個人の声が個人の声で終わってしまっていたが、普及によって大きく広がりを持つ可能性が出てきた。世界中で起こっている民主化運動を見てもそれは明らかだ。これを察知したのか、あるいは大きな流れを感じたのか、政治家の方でも私たちの意見に耳を傾けようという機運が芽生えてきた。

社会の中で貧富の差は広がっているが、知の格差は確実に狭まっていると思う。今や国民全体が以前より格段に賢くなっているのであり、声を上げれば影響力を与えうるまでになった。

個人のレベルでは、私一人が何か言ってもね、とかいう時代は終わったと感じる。また政治のレベルでは、従来の中央頼みを続けている限り、地方自治体に未来はないかもしれない。大阪府知事、名古屋市長、などまど例を上げればきりがないが、地元の状況を正確に判断して、適切かつ独自の判断をくだすことができる長がいる自治体だけが、独自の発展をすることができる。誰を自分たちのリーダーとするか、今ほど私たちが真剣に考えなければならない時はない。