成田山新勝寺は高田松原の松を焼くだろうか。

成田山新勝寺で高田松原の被災松を焼く計画に、またもや抗議の電話が殺到しているという。

この間は京都で、大文字焼きにこの松を使用するかどうかで、市長や保存会の誠に見苦しい姿勢が露呈された。

今回、判断するのは宗教者である寺だ。葬式仏教と堕してしまった日本の仏教界でも有名な寺がどんな判断をするのか、興味のあるところだ。

日本の仏教界は、釈迦の教えなどすっかり忘れてひたすらお経を読んだりお札を売ったりして、営利事業に忙しい。貧困者の給食支援、災害地の救援などをとっても、キリスト教団体の活動が目立つばかりで、坊さんが活動しているということを殆ど聞かない。宗教者として、ここは世論に右往左往することなく、釈迦の説いた慈愛の思想を思い出して判断して欲しい。事前検査で放射性セシウムが検出されたら燃やさないと、成田山は説明していると新聞記事にはあるが(朝日)、もうちょっとお勉強して、然るべき判断を下してほしい。

さて、成田山がどんな判断をくだすか、注目したい。