関孫六太鼓、やっぱり感動した

今日は雨で中止だとばかり思っていたら演奏したとの連絡をもらったので飛ぶようにして現場に到着。30分の演奏時間はあっという間に終わって、また感動に満たされた。あの、胸をうつものはなんなのだろう。単音のリズムだけなのに。あのリズムに感動する。

思えば私たちは生まれた時から五線譜に書かれた西洋音楽ばかりを聞いて育ってきた。日本固有の音楽を聞いた記憶は殆ど無い。西洋音楽がすっかり見についていてもいいようなものだ。和太鼓にしてもこれでやっと三回目。

にもかかわらず西洋音楽のリズムに合わせようとするときのような感じとは違う、一体感が和太鼓にはある。アメリカの小さな子供が西洋音楽のリズムに乗せて体を動かしているのを時々見るが、ごく自然なものを感じる。あれと同じ事だろうか。和太鼓を聞いた途端に身に染みわたるような一体感を感じたが、やはり遺伝子に組み込まれてでもいるのだろうか。ゾクゾクとする感動がある。西欧人がいくら上手に着物を着ても、日本人が着物を来た姿ほどには自然な感じが出ない、そういうものとも似ている気がする。練習とか技術では習得できない何かを感じるのだ。

理屈なく感動する。太鼓は人類が使ってきた様々な楽器の中でも最も古いものの一つだ。単に物を叩くだけの奏法だが、無限の変化を演出できる。