関市民が支持したもの

関市長選挙で、新人の尾関健治候補が当選した。


夕べ選挙速報を見ていて知ったのだが、実は私にはちょっと信じられなかった。というのも素人ばかりの選挙戦だったからだ。相手候補は選挙のやり方をよく知っておられたように素人目にも写った。街宣カーから流れる言葉の聞きやすさ、くまなく回る経路。後援会事務所のブログの作り方の旨さ。私が知り得たのはこの三点だが、それだけをとっても選挙のテクニックの優劣がわかるようだった。


このブログには尾藤さんの支持団体から寄せられたおびただしい為書きがはじめのうち掲載してあったが(しばらくたってから削除された)、その数を見ても確固とした支持基盤が伺えるものであった。他方、尾関候補といえば選挙三日前の時点でたったの3枚。選挙事務所の位置にしても、相手候補は関の中心街に構えて、事務所の内部には花が飾られ、入り口にも工夫を凝らしておられた。


このようなことから、私は当選する確率は高くないのではないかと思っていた。


ところが蓋を開けてみれば、投票率は前回の50%を大きく超え62%、4500票ほどの差をつけて、相手候補と比べると知名度では大きく劣る尾関候補が当選したのだ。


関市民は一体何に投票したのだろうか。


良い政策を掲げる人が必ずしも勝つとは限らないと、実は私は思っている。良い製品が必ずしもよく売れるとは限らない。売り方も大きな要因なのである。選挙では、政策が肝心であることはいうまでもないが、感じがいいとか、若いとか、あるいは語り口など、漠然としたことから一票を投じる人が決められることが多いのではないか。今回は大型複合施設の建設が大きな争点だったと思うが、選挙中に尾藤候補はその看板政策を語らず、ひたすら「安心安全」に終始されたので、事情を知らない人には争点自体が明確でなかった。


では、何を以って勝利したのか。若さと熱意だと思う。


今回の選挙では、候補者とその周りでいつも応援していた若い人達が与える清潔感と熱意が、有権者に伝わったのではないだろうか。そして、これではいけないと漠然と思っていた人たちに一票を投じる先を与えた。実際私が活動している間にも、「いまのまんまじゃあかんわ」とか、「まぁ、わかいひとらにまかさんといかんねぇ」とかいう人がおられた。私の予想はうれしい方に外れ、テクニックよりも熱意が評価された。


従来の関市政からの転換を期待したい。尾関候補には主座を見失うことなく、謙虚な市政を運営して欲しいと思う。


尾関さんが大切にしておられるという松下幸之助氏の言葉を以下に紹介する。

指導者というものは、どんなときでも、自分みずから、“このようにしよう”“こうしたい”というものは持っていなくてはならない。そういうものを持った上で他人の意見を参考として取り入れることが大事なのであって、自分の考えを何も持たずして、ただ他人の意見に従うというだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。

要は指導者としての主体性というか主座というものをしっかり持たなくてはいけないということである。主座を保ちつつ、他人の意見を聞き、ある種の権威を活用していく。そういう指導者であってはじめて、それらを真に生かすことができるのだと思う。
主座を保つ http://www.webbyrock.com/2009/06/1day1story-0602.html


最後に、中央頼みの政治が終わりつつある中、地方自治体の首長として誰を選ぶか、そして私たち市民一人ひとりがどう行動するかが、今後ますます大事になると考える。