原子力発電の正体

最近になく、胸くそ悪くなる本を読んだ。レポートが良くできているので、殊更だ。


ドキュメント東京電力田原総一朗 著)


原子力発電は、官僚と電力会社の権力の亡者たちの争いの産物だった、ということが克明に描かれている。開発当初から、原子力を何とか自分たちの利権にしようと、電力会社と官僚は戦いに明け暮れ、原子炉自体は全部アメリカからの輸入し、技術開発は行われなかった。そして今も炉は米国製である。


技術が未熟なままに、借り物の炉を運転していたから、「安全運転」しかできなかったのだ。安全でなくなるとどうして良いかわからなかったのだ。


ちなみに戦後似たような状況であったドイツでは、当初アメリカの原子炉しかなかったが、その後自国で研究開発を続け、独自の原子炉を開発したそうだ。


覇権闘争にうつつを抜かしていた日本はそういう意味でも、原子力発電を継続することの是非をもう一度考えなければならないと思う。そもそも、技術的に未熟だったのだと、この本は示唆しているように思える。