自然がもたらした恵み

そろそろ柿が色づいてきたのでひとつもいで食べてみた。甘くておいしい。

果樹は消毒なしにはできないといわれているけれども、そんなこともないかも知れないと思う。

この柿がまだ小さかった頃、摘果と消毒をしないと秋になって食べられないと父が言っていたが、私はそのまま放置した。

そして今、さんメートルあまりの柿の木には下半分のところにたわわに柿が実っている。上の方にいくに従って葉っぱは虫にくわれ、柿は鳥に食べられて、てっぺんの方には葉も味もひとつもない。なぜ下の方には実がなっているのか、考えてみた。木の下には草がボウボウと茂り、その間にアスパラガスももさもさ茂っている。鳥は地面から低いところは警戒して近づかないに違いない。虫の方はアスパラや他の草の葉がたくさん茂っているので、食べ物には事欠かないにちがいない。そこで下の方に沢山実がなった、というのが私の推理だ。

摘果しなかったけれども、鳥や虫に食われて自然に実が少なくなって、残った実はどれもグーくらいの大きさだ。

というわけで、消毒もせず、摘果もせず、美味い実を食べているというわけだ。

自然農法の祖とも言われる福岡正信の本に、自然に任せておけば人がなにもしないでも充分に食べ物を作ってもらえる、というようなことが書いてあったけれど、それは確かに正しいように思う。全部を実行することは不可能にしても。そして、欲さえ出さなければ。