政策仕分け、日本の大学の競争力

提言型政策仕分けで大学教育がテーマとなった。

何を基準としたのかはわからないが、東京大学でも世界ランキングでは30位らしい(http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/211121009.html)。そこでこんなことではいけないと問題になったらしい。大学の数が多すぎるという議論もあったようだ。

さて、なぜ大学にいくのだろうか。私の経験では、「皆が行くから」とか「学歴のため」という人が圧倒的に多く、特定の分野が勉強したいからという人にはほとんど会ったことがない。仕事をするようになってから出会ったほとんどの大卒者は、専攻分野とは関連のない仕事についていた。せっかく先行した分野についてもあまり知識を得ているようには思えなかった。

大学は職業訓練校ではないので学んだことをそのまま仕事に活かせるということを期待できないにしても、専攻分野について知識を蓄えていないということはどういうことだろうか。一体何のために大学に行ったのか。やはり上記に上げたように、特に目的がなかったからとしか思えない。

だから、せっかく高い授業料を出してもらって大学に入っても、勉強もせずに遊んだり、アルバイトばかりする。そうして、これも大きな問題だと思うが、勉強しなくても卒業できてしまう。そういう人達が集まった大学のレベルが高いはずはないと思う。大学に行く動機が不純なのである。

高校を卒業するまでに自分の進路を決められない。何をしたいのか、何が好きなのかわからない。どうしてそういうことになってしまうのか。それは小学校に始まって中学や高校を卒業するまでに、暮らしにはあまり関係のない学科ばかりが重要視され、記憶力のみを問うペーパーテストで生徒が評価される一方で、実社会について、特に仕事ということについて教育がなされていないからだ。

人は生涯、お金になるならないを問わず、働き続けるものだ。働いて暮らしを立て、生産年齢を超えてからはボランティアとして仕事をする人も大変多い。自宅にいても何らかの仕事はある。そのように考えると、自分がどんなことを好むか、何に依って暮らしを立てるかということは重大な選択だ。

小学校の頃からいろいろな仕事の現場を見たり職人の話を聞いたりして、仕事の実際や暮らしとの関わりを学ばせておけば、自分は将来どのようにして独り立ちするのが一番向いているのかを知ることができる。ひと月に一回でも、いろんな分野で仕事をしている人の話を聞いたり、現場を見たりできれば良い。このような実際的な知識は、学科の勉強と同じくらいに大事なことだと思う。

そのような教育を受けた上で、更に勉強して専門分野について研究したいという人だけが大学に進むという状況を創り出せば、大学のレベルもひとりでに上がるに違いない。学生が挑むような姿勢で講義に望めば教授の方も勢い講義に熱が入るというものだ。またそのような学生や教授の間に向上心の相乗効果も生まれるだろう。

問題はやっぱり小さい頃の教育というところに行き着く。この際、文部省の職員や現場の教師の採用試験を大幅に変更して、半数を民間から採用するとかしたら、ひょっとして「人間」としての教育がなされるようになるかも知れないと、淡い期待を抱く。