人は感情に左右されるものだ、ということを実感したこと

しばらく前にEQ(Emotional Intelligence Quotient)というものが注目を浴びたことがあった。人は理性でよりも感情で動くものだとする説で、ビジネスの手段として大いに利用された。私もなかなか面白いと思ってそれの関連の本を読んだが、この正月に自分自身のことで、感情が与える影響の大きさを実感した。

正月早々トイレの配管で水漏れが発生し、どこへ修理を頼んでよいかわからなかったので、ネットで検索して、24時間対応、どこへでもすぐ駆けつけるというキャッチフレーズを頼りに、JBRというところへ修理を頼んだ。全国展開らしく、関市は美濃加茂市にあるらしい支店から担当者がやってきた。

電話の対応は素人じみていて、敬語の使い方もよろしくない。修理に来た若い人は言葉遣いがぞんざいであり、配管を見た後、あっちも悪い、こっちも悪いと指摘した。丁寧な姿勢が全く感じられない。確かに我が家のトイレは30年近く使っていて、あちこちに多少の不具合はあるに違いない。そこでこの際修理をと思い、悪かった配管自体と指摘のあった二箇所を修理してもらうことにした。

問題の水漏れは、水道の本管とトイレの配管を接続している箇所から発生しており、ぽたぽたと滴る程度であった。シーリングをしてもらえば修理できるはずのものであると私は思っていたが、担当者は止水栓を内包する管が壊れているので交換する必要があると主張した。担当者の態度が、ひとつでも仕事を増やしたいという意気込みを感じさせるものであったので、怪しいと思ったものの、それに反論するほどの知識も私にはなく、言うとおりの修理をしてもらった。わずか10分ほどの部品交換作業に要求されたのは12,600円である。部品代はもちろん別請求だ。他の2つの修理とあわせて請求されたのは27,900円であった。全体の作業時間は20分ほどであった。どこがどう壊れていたのかという説明もなかった。質問しても回答に説得力はない。

修理が終わって帰ったが、修理を頼んだ箇所とは別のところから新たな水漏れが発生したので、これは作業によるものだと考え、また電話すると、担当者は「そうなんですか」という応答で、謝罪の一言もない。再修理をしてくれたものの、再びやってきた担当者からも謝罪の言葉はない。

「これで大丈夫です、確認しましたから」と、修理後、自信ありげに言って帰っていったが、わずかな水漏れは残ったままだ。

さてどうしたものだろう、と思うと同時に、無性に腹が立ってきた。うまいこと口車に乗って余分な修理をされてしまったのではないかと思ったからだ。改めて請求書を見てみるとフリーダイヤルの番号しか記載がない、と思いきや、会社の電話番号は下の方にものすごく小さい字で記載してあった。新年早々とんだ災難だった、ような気がして非常に後味の悪い思いを抱えることになってしまった。

そこで思い出したのが、冒頭に言及したEQである。もし担当者の態度がもっと誠実なものであったら、たとえ修理に要した費用が同額であったとしても、これほどの悪感情を抱くことはなかったのではないか。

EQはこのような否定的な感情をうまく制御する能力を指すのだが、私のEQはかなり低いらしい。