中学高校で学んだ英語、どうやったら話せるようになるの? その2. Opportunity knocks but once.

Opportunity knocks but once. チャンスは一度しか無い、という言葉をどこで読んだか知ったか、もう忘れてしまいましたが、私の英語歴を振り返る時いつも思い出します。

今日はYMCAの次に通ったインタースクールオブコミュニケーションズのことをお話しようと思います。

YMCAを卒業した後、英語関係の仕事に就く人が多い中、私は特にそのようなこともしませんでしたが、文学がとても好きだったので、小説をたくさん読みました。欧米のものばかりです。当時は日本の作家にあまり興味がなかったので。

その後結婚して、子供の手が離れかけた頃(34歳でした)家にお金がなくなってしまったので、これは何とかしなければならないと思いました。当時は事務関係の仕事やスーパーの仕事などたくさんありましたが、それでは稼ぎが足りないし、将来的にはやはり何か自分が売れるものを確保しなければならないと、一念発起して名古屋にある通訳養成所に通うことにしました。これは費用としても一念発起しなければならないような金額でした。

またしても目からウロコが剥がれ落ちるような経験をしたのはこの養成所でのことです。養成所の講義は、実際に通訳になるために必要なあらゆることを網羅している上に、講師がすべて現役の通訳ばかりだったということが、講義を充実させる一因だったと思います。

講師の中にKという人がいて、この人に出会ったことはとても大きな出来事でした。それは、外国の公共団体が日本企業に対して行った、投資の誘致を目的とした会合でのスピーチを教材とした授業の時のことでした。「I'd like to take this opportunity ...」という文章が出てきて、私達生徒はこのopportunityという単語を、機会とかチャンスとか、辞書に出てくる言葉をそのまま使って訳していたのですが、「みなさん、これは 儲かるってことなんです。」とKは言ったのです。

私はこの時はっとしました。これこそinterpret だと。通訳を英語ではinterpreter と言いますが、これは解釈する人という意味です。辞書の言葉をそのまま当てるのではなく、単語の真の意味を慮ってそれに当たる日本語に訳す。言葉好きの私としてはこんな通訳になりたいとその時思いました。

養成所の授業の中には、講師が実際に通訳している模様を聞いて習うという授業がありましたが、Kの通訳は群を抜いてなめらかな、違和感のない日本語でした。いつか、とてもおかしかったのは、Kの同時通訳のデモンストレーションを聞いていた時、話者が話している日本語がまるで整っていないにもかかわらず、Kの英語が整理整頓されていて非常に理解しやすいものに訳されていたこと。日本語の理解力の重要性が実感された瞬間でした。

さて、このあたりでどんな授業を受けたのかお話ししましょう。講義は週二回90分ずつ。内容は二つでした。まずは通訳の現場から集めた挨拶文の暗唱です。プロの通訳で当時最も多かったのが様々な会合での挨拶の通訳です。日本人の場合、冒頭に述べる言葉の多くはとても似ているので、使われる頻度の高いものをすべて、日本語と英語の訳文を対にして暗唱しました。挨拶文だけで30ページを超えるほどのテキスト一冊です。次にスピーチのテープを聞きながら通訳の練習をしました。これはあらかじめ原稿が課題として出され、家で訳文を準備して授業に臨むのです。この時期、私は先に述べたYMCA時代よりもはるかに多くの時間と努力を勉強に費やしました。1日6時間は通訳の練習に割いたと思います。通訳ですというと、カッコいい等とよく言われるのですが、通訳になるには大変な忍耐力と犬の訓練を受けるような(つまり私が犬の立場になるのです)地道な努力と長い時間が必要なのです。

私が通っていたのは通訳養成コースというところで、逐次通訳が二段階、その上が同時通訳でした。私は同時通訳を目指していましたが、途中で挫折しました。各レベルには進級試験がありました。授業料が高かったので、2度落第したら中止するとあらかじめ決め、逐次のレベル1を1期、レベル2を2期終えて、同時通訳のレベルを2期行ったところで進級試験に失敗して挫折したのです。

この時36歳。Opportunity knocks but once.私はこれを実感しました。それまで、チャンスは何度もある、何度でもトライできると信じて生きてきましたが、こと同時通訳については一概にそうとも言えないとわかったのです。第一の要因は年齢です。50になってから同時通訳を目指しても無理があります。それから能力と経済力。逐次通訳なら、努力すれば誰でもなれると思いますが、言われたことをその場で、しかもその瞬間にも話を聞きながら、適切な日本語に直すことを求められる同時通訳では、ある種の反射神経が必要であり、なれる人は限られてくると思うのです。そしてお金。学校に行って勉強するにはお金が要ります。実際私が通っていたクラスは社会的ステータスの高い人の奥様ばかりで、ただのおばさんは私だけでした。

以上の3つがタイミングよく合致した時にしか、同時通訳には慣れないと思います。ある程度の若さ、高い言語能力、そしてちょっと大きめの財布。私にはどれも欠けているということが分かったのです。これにはへこみました。が、逐次通訳士の資格は取ったのでそれを機に養成所通いを止めたのです。

さて、次の機会には私の現場経験をお話しようと思います。