ひとりごと: 年間被曝量1ミリシーベルト以下を目標に除染することは妥当だろうか

国は今のところ、年間被曝量1ミリシーベルトを目指して福島県の除染を行なっている。この年間1ミリシーベルトという値はどうなのだろうか?
去年の東電の事件以来放射性物質や原発や、被曝量について相当の文献やニュースを読んできた。やたら危ないといって不安を煽る人もいれば、月間100ミリシーベルトでも大丈夫だと、大胆な発言をする識者もいる。様々な見解を読んで分かったのは、これまで福島のような事故は皆無であり、被曝による健康被害を調査しようにも資料となるものがあまりにも少ないので、根拠とするべき確たる数値が出せないらしい、ということであった。もっとも権威あるとされている国際基準では、年間被曝量が100ミリシーベルトを1ミリ超えると、ガンを発症する確率が0.01%高くなる、という訳のわからないものだ。

さて、事は現実の暮らしだ。

実は私たちは、何も感じないけれども每日微量の放射腺を浴びて暮らしている。わざわざ放射線を浴びに行く人さえいる。ラドン温泉などがそれだ。

環境にある放射腺は日本国内でも関東以北より、関西方面のほうが高いという測定結果が出ている。世界的に見ると高地では当然値は高くなる。世界の平均値は以下。

世界中の自然放射線源(高LETと低LET両方)による平均年間被曝線量は、一般的に1〜10 mSvの範囲内で、現在の推定値で中央値2.4 mSvと考えられている。:Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation: BEIR VII – Phase 2
http://books.nap.edu/catalog/11340.html

というわけで、ちょうど一年前に私達がものすごく恐れた放射能は、以外に身近なものだった。日本の環境放射腺被曝量は年間1ミリから2ミリシーベルト前後だと記憶している。そう考えると、年間1ミリシーベルトを目指して除染することで別の問題が出てくる。

ひとつは除染によって出る低線量の土やゴミなどをどこに置くかという物理的な問題。もう一つは集めると線量が高くなること。散らばっていれば健康には何ら被害がなくても、一箇所に集めることで線量が高くなる。放射能を持っているのは、放射性物質という小さな物質なのだから。

除染の目標値をせめて年間2ミリシーベルトとか、あるいはもう少し上に設定したらどうかと思う。実際のところ、被災地全体の線量を1ミリシーベルトまで下げるということが現実的なのか、と思う。

年間1ミリシーベルト以下に除染する、ということは、それ以上は危険だということを暗示するものであり、瓦礫を受け入れないという姿勢に一役買っているということも、ひょっとして言えるかもしれない。