風評被害誕生の瞬間を目の当たりにする

昔、紅茶キノコというものが流行したことがある。新聞の下にある本紹介欄には「紅茶キノコでガンが治った!」などというキャッチーな文句が大きく印刷されていた。そりゃすごいじゃないか、とふと隣を見るとこれを書いていらっしゃるのが「医学博士」なるお方だ。実例だの、実証されただのという言葉も鎮座ましましていた。

一言に博士といっても視野の狭い人もいれば、金になれば何でも書くぞという人もいるに違いない。博士とか、科学者とか、国会議員とか、着ている鎧が重厚なら重厚なほど、ほんとうの姿が見えにくくなる。私らのようなただのおばさんは、だまくらかされてしまうのだ。今みたいに、どこでもかしこでも、誰でも意見を表明することができ、あっという間にそれが広がる環境にあっては、立派な鎧をお召しの方は、発言の内容に気をつけてもらいたいものだ。

というのも、つい先日、教授という肩書きを光らせた人がツイッターで「紅茶キノコ博士」的発言をしていたからだ。その内容が今皆が注目している問題だったこともあって、すぐさま教授の期待するような反応が投稿されている。私が見た限り、それを諫めるような意見や疑問を呈する意見はなかった。教授の意見を見てすぐに感想を書くわけだから、考える時間もないのだろう。風評被害というものはこんなふうに芽をだすんだな。風評被害の風評被害てなものを作り出せたら、どんなことになるんだろうか。蛇が自分の尻尾を食うような話だけど。