情報をネットばかりに依存すると

フェイスブックで「震災がれきの受け入れについて考えるhttps://www.facebook.com/nationalcompassion」というページを公開しているので、每日震災関連の記事をネットで探している。が、HPページ掲載されたり検索でヒットしたりするのは、だいたいが新聞社が読んで欲しいと思っている記事や多く読まれている記事だ。人が読んでいない小さい記事や小規模の新聞社に行きあたるのはあまりないし、小規模のところはサイトさえ持っていないところもあるかもしれない。

その結果、ネットで新聞を読んでいる人たちは、私も含め、同じような記事を読んで同じようなメンタリティになるに違いない。また、それを意識する人は少ないだろう。

紙の媒体がどんどん少なくなってゆく中で、このように皆が同じような考えになり、長い記事を敬遠して短い文章ばかりを追いかけるようになる。ブログもあまり長いものは敬遠される傾向にあるらしい。世界中に文字通り蜘蛛の巣(ウェブwebというのは蜘蛛の巣のことです)のように張り巡らされているネットの網から似たような情報を読んで、似たような考えに誘導されてゆく、ということはないのだろうか。短い文章ばかり読んで思考回路も単純化したりしないだろうか。一昔前なら、何かことを行うときに2日考えていたものを、すぐさま実行するという行動形態になったりしないだろうか。

最近の、皆が一方向にどっと流れたり、ひとつのことが、ちょっと考えれば信ぴょう性が疑われるものでもあっといまに広がったりする傾向に、いいのかな、と思うこの頃だ。