遊び

遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ

大意……遊ぶために生まれて来たのだろうか。戯れるために生まれて来たのだろうか。
遊んでいる子供の声を聴いていると、感動のために私の身体さえも動いてしまう。

2011年3月に孫が生まれて、子供を観察する楽しみを大いに味わっている。この年代のこどもは、遊びがすなわち人生だ。

子供を育てた人なら誰でも良くご存知のことと思うけれど、おもちゃを買い与えても以外にそれでは遊ばず、大人がおもちゃとは思っていないものを手にとって遊んでいる。何が面白いのかこちらにはとんとわからないけれど、本人にとっては尽きせぬ興味があるらしい。もう少し大きくなると、砂や水、土など、形を持っていない物を与えておけばいくらでも遊んでいる。形のないものに形を与える、それが遊びの本質だと思う。

最近は子供のおもちゃも複雑なものになった。真の意味で遊んでいるのは子供ではなく、開発者の方ではないだろうか。