日高敏隆 「動物にとって社会とはなにか」

再び動物学というメガネで人の世界を覗いてみる。

昆虫や鳥を含め、自然界にあるあらゆる動物はほぼ一定の個体数を維持している。それは天敵に食われたり病気になったりという外的要因や子を産まなくなるという内的要因によって成される。たとえばトノサマバッタは増えすぎると一部が他の場所へ移動する。ゾウリムシは増えすぎると子を産まなくなる。トノサマバッタやゾウリムシは個体数の統計をとっているわけではないから、仲間とぶつかる回数が多くなると「どうも最近仲間が増えてきたな」と思うらしい。そこで一部が移住したり、腹が減って生殖能力が衰えたりする。全ては予め遺伝子の中に組み込まれた機能だ。

それでは動物の一種であるヒトはどうか。この本の最後の項で、著者は人口問題に言及している。かつて戦争や病気によって人口は淘汰されてきた。戦争の場合、様々な大義名分が掲げられるものの、ひとつの集団の中で若年層の占める割合が多くなった時に戦争は起こってきたらしい。しかし、医療技術は進歩し、頭も少しは良くなり、病気に寄って死ぬ確率は低くなり、戦争の愚かさもちょっとは学習された。

太平洋戦争の終わった時、「この小さな島で8000万人が食っていけるのか?」と心配されたが、この著書が書かれた当時、人口は一億人であった。ヒト以外の動物のように、意志ではなく遺伝子に組み込まれた機能として個体数を調整する事ができないヒトは、たくさん生まれた子を、生産性を上げることで養ってきた。そうして文字どおり「地に満ちてしまった」のである。

さて、この著書が世に出て更に半世紀。今や地球の人口は70億人となった。都市部の人口密度は、ヒトが快適に住める密度をはるかに超えてしまっている。誰もが問題だと思っているが、口に出せない人口問題を、この著者も半世紀前に婉曲な形で提示していたのだ。