名張毒ぶどう酒事件「約束」

先ごろ再審請求が却下された名張毒ぶどう酒事件を題材とした「約束」という映画を見た。当時から現在に至るまでの報道映像もふんだんに盛り込まれていて、秀逸な出来栄えだった。

この事件はずっと被疑者の自白の信用性が問われていたが、この映画では当時の模様、証拠物件の鑑定、鑑定人のインタビュー(拒否されました)、弁護士の活動、そして奥西さんとお母さんの手紙など、中立の立場を崩すことなく良く構成されていたと感じた。

この事件が発生したのは三重県名張市の葛尾という18戸の村。事件の捜査と取り調べの経過も詳しく描かれていたが、興味深かったのは、当初の村人の証言が、奥西さんが逮捕された直後から変更されたこと、証拠物件のひとつである瓶の王冠の鑑定に疑問を持ち鑑定した教授にインタビューしたところ拒否されたこと。証言の変更については、当初誰もがぶどう酒の瓶に毒を混入する時間的余裕があったと考えられる時系列から、後に奥西さんだけしかその時間がないと推測される時系列に変更になりました。そして、変更後にはその時系列に従えば、同時刻に一人の人物が二箇所にいなければならないということになったが、この矛盾は裁判の中で考慮されていないようだった。更に、当初無罪を言い渡した裁判長は直後に退職し、高裁で死刑を言い渡した裁判長が栄転した。

別の機会に見た、元検察庁の検事の「いったん一人に焦点を当てて捜査を始めると、それを否定するような証拠は無視する傾向にある」という発言を思い出した。これが実行されたのが先の厚生労働省の事件である。足利事件では検察は最後まで謝罪を拒否した。こういうことを考え合わせると、今更再審を認めて無罪にでもなったら検察への信頼が脅かされる、というメンツを鑑みる意図があったのではないかと、素人の私でも思いたくなる。奥西さんはすでに86歳だから、弁護団の特別抗告が功を奏するまで命があるかどうかはわからない。なんとも、溜飲の下がらない内容だった。

奥西さんには仲代達矢、お母さん役は樹木希林だった。仲代もさることながら、樹木希林の演技は出色の出来だった。80半ばを過ぎたおばあさんの役だったが、その顔つきといい、歩き方といい、小さな村に日を継ぐ無辜な老婆以外の何物でもなかった。足元だけを写した場面もあったが、彼女はその足元だけでその人を表現するという、完ぺきな演技をしていた。現在こんな演技が出来る人が、日本に何人いるだろうか。

監督は忘れてしまったが、耳に馴染みのない人だった。この映画でもう一つ素晴らしかったのは、小道具係という人だろうか。正確にはどういうのか知らないが、例えば奥西さんのお母さんが暮らす部屋にある物が、その暮らしを言葉以上によく語っていた。こういう感想を持ったのは初めてだ。例えば壁に吊るしてある箒だ。片方に向かって大きく減っているその小道具は、百の言葉よりも雄弁にその暮らしの有様を語っていた。

思いないように相応しい配役とスタッフだった。日本にもこういう映画を作れる人がいると思うと、嬉しくなった。

さて、タイトルの約束。これが果たされることを切に願う。