ローマ字を小学校で教えることの弊害

英語を教えるようになって随分経つが、相変わらず悩みの種は小学校で教えられるローマ字だ。昔は4年生になって初めてローマ字を習ったが、今は3年生で習う。

英語よりも先にローマ字を習うために、ローマ字読みが子供の頭に定着してしまう。それは日本語のあいうえおに対応していて覚えやすいからだと思う。その結果、後から習う英語も、ローマ字読みで読んでしまう。最初に頭に定着したことを修正するのはとても難しい。多くの子供がローマ字読みをすっかり定着させて中学に入る。中学で本格的に英語を習っても、ローマ字読みからはほとんど脱却できない。その結果、英語の綴りを覚えるのに苦労し、英語を話しても通じないということになる。発音に過度に敏感になる必要はないものの、FとB、Vの違い、RとLの違いなど、区別するべきものは区別する必要がある。そして、発音と同じくらい重要なのがイントネーションである。

私は以前、日本語が確立していない保育園や小学校の段階で、文法構造の全く違う英語などの外国語を教えると混乱が起こるのではないかという懸念を持っていたが、最近どうもそんな心配はないのかもしれないと思うようになった。ごく最近この件について一つの発見があったからだ。

この春、小学校の一年と二年をアメリカの小学校で過ごして帰ってきた子が、私のところへ英語の勉強に来るようになった。せっかく獲得した英語を維持したいとの、お母さんの希望であった。

彼女の言語能力がどれほどなのか、日本語は乱れていないか、私は興味と必要から彼女に様々な質問を試みた。そこで分かったことは、驚くことに、彼女の頭の中には日本語とは全く別に英語の言語体系が形作られていたのだ。従って、日本語との関連は形成されていない。つまりごく簡単なgoとかcomeという言葉でも、それに対応する日本語がすぐに言えない。彼女がgoという言葉を聞いて頭に思い浮かべるのは、おそらく自分がどこかへ行く様子であって、「行く」という日本語ではないのだ。

アメリカで暮らした二年間の彼女の言葉の様子を聞いてみると、最初の一年間は全く英語が話せなかったが、二年目から徐々に、更に後半になると急激に話せるようになったという。案の定、赤ちゃんを見れば分かるように、最初はまず言葉を入力するのみだ。膨大な入力情報を脳が処理してその文法を構築し、それをもとに言葉として出力する。バイリンガルの環境にある場合、こういうことがそれぞれの言語で行われるらしい。脳にはものすごい負荷だと思うけれども、二つの言葉の文法が混合することはないように見える。

というわけで、小学校でローマ字を教えるのは止めて、教えるのは英語だけにしたらどうだろうか。小学校で英語を教える場合は、日本語を介在させないほうがいいような気もする。つまり、正しい英語を話す教師が英語で授業をすると良い。外国人ならいいかというと決してそうではない。アメリカ人といえどもその必要を満たさない人は少なくない。受験英語しか知らない教師が教えることには、更に問題と限界があるように思う。

最初に何を教えるかは非常に大きな意味を持つのではないかということを、これまで何度もこのブログで申し上げてきたが、こと英語教育についてもやはり同じことが当てはまる。