原発事故がもたらしたもの

東京電力福島第一原子力発電所で事故が発生してから一年半が過ぎた今、影響を受けた地域での人口流出が止まらない。今後10年、20年元の家に帰れない地域もある。

東北の災害がもし津波と地震だけだったら、それが収まった直後から生活再建ができたに違いない。放射性物質という始末の悪い物質が大量に放出されたために、ゼロから始めるどころか、ゼロにこぎつけることさえ困難な状況がもたらされた。

避難生活が長くなればなるほど、避難先での生活が定着し、戻りづらくなるのは当然だ。それを考えると今後一体何人の人が元住んでいた場所に戻ってくるのか、悲観的にならざるをえない。

原発事故によって起こった直接間接の悪影響がだんだん収まりを見せる中、この人口流出問題は悪化しているように見える。市や町がそれとして存在できなくなるかもしれない。ある意味、この問題が一番深刻な問題かもしれないと思う。

以下日本経済新聞より転載。

東京電力福島第1原子力発電所事故で設定された「緊急時避難準備区域」が昨年9月30日に解除され、避難区域が縮小してから1年。今年4月から立ち入り禁止の警戒区域の再編・縮小も始まったが生活基盤の商店や病院、インフラの復旧が進まず、戻った住民はごく一部にとどまっている。

 昨年4月22日、原発から半径20キロ圏の「警戒区域」、20キロ圏外で放射線量が高い「計画的避難区域」、主に半径20〜30キロ圏内の「緊急時避難準備区域」が設定された。

 緊急時避難準備区域は昨年9月30日に解除。警戒区域と計画的避難区域は、線量が高い順に「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3つに再編が決まり、4月以降、5市町村で再編が終了。区域の条件に従い、住民の一時帰宅や事業再開ができるようになった。

 緊急時避難準備区域だった広野町は住民約5300人のうち、これまでに戻ったのは1割の約500人。除染が進み、小中学校も2学期から再開したが、避難先のいわき市から通う子供が多い。

 「スーパーがなくなり、病院も半分に減った。広野町では生活自体が成り立たない」と、いわき市の借り上げアパートで暮らす会社員の男性(65)は話している。〔共同〕
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2902N_Z20C12A9CR8000/

関連記事
解除1年、帰還進まず=除染にインフラ、課題多く−旧避難準備区域・福島 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012092900195
避難住民「いつかは帰郷を」 福島・広野町、原発作業員特需で繁栄 http://sankei.jp.msn.com/region/news/121001/fks12100102020000-n1.htm