やまんば 取材に行く

関市のNPOぶうめらんが発行している雑誌「ぶうめらん」の特集するテーマについて、板取へ取材に行ってきました。

板取は関市と合併する前は板取村といいました。若い頃に少し縁のあったところなので懐かしさを感じて道をたどりましたが、道は当時よりも随分良くなり、新しい店も出来てこの地域の景色は少し変わっていましたが、家々を取り巻くように立つ紅葉に染まった高い山々は少しも変わらず、谷には相変わらず澄んだ水が流れていました。

板取川にかつて計画された揚水式発電所の取材だったので、まず役場に行ってその経緯を聞きました。当時見込まれていた大きな電力需要に対応しようと中部電力が計画し、村の方も年間予算を大きく上回る経済効果が期待できるということで、議会が賛成して事業が進むかに見えましたが、その後省エネルギー技術の発展や経済環境の変化に伴い、需要の大きな伸びは期待できなくなり、発電所に必要なダム本体の着工を見ることなく、最終的には中止となりました。反対派の運動も多少あったようでしたが、影響を与えるほどには盛り上がらなかったようです。

今はその復旧作業中であり、発電所に続くトンネルを埋め戻しているということでした。入り口には足場が組まれており、そのすぐ横には澄んだ水をたたえる板取川が流れていました。

20年前を振り返るという企画の一環として行ったこの取材。板取村はこの建設計画に大きな期待を寄せたと思います。計画の恩恵でしょうか道路が整備され、村の外にある高校へ通うことができなかった子どもたちも通学できるようになりました。中学校とそれに併設して食堂が建設されました。山に囲まれた林業の地域ならではの、とても美しい施設です。私が訪れたのは建設されて間もない頃で、大きな食堂には長いテーブルがあって、先生も生徒も一緒に食卓を囲んで温かい食事を食べていました。施設全体が木でできていますから目に優しいし、こんな建物の中で子供が暮らしたら穏やかな心が育つに違いないと思ったことでした。

その後、板取村は関市と合併しました。750ほどあった世帯数は500世帯ほどになり、かつて村の8割を占めていた長屋姓は6割に減りました(役場の方の言)。

万物流転という言葉を想います。どんなことも、川の流れのようにひとときとして同じ状態にとどまることはない。それは抗おうとしても抗いきれない力です。

抵抗するのでなく、これに柔軟に対応する力を養わなければならないと思いました。それと同時に、この地域を守るように連なる高い山々が変わることなくそこに存在するのを見て、ここに暮らす人々にその力を与えているように感じました。

板取地区の概要については
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E5%8F%96%E6%9D%91

観光については
http://www.itadori-kankou.jp/

発電所計画の中止については、中部電力のサイト
http://www.chuden.co.jp/corpo/publicity/press2006/0202_2.html

を御覧ください。